• I will all start singing, shouting, screaming, loud

    LOUD, LOUD, LOUD

  • my harley-davidson

    The legend on tour

    XL883N

    Sportster Iron 883

    2016

    Model year

    olive gold

    Body color

    Two-seater

    Tandem spec

    Rough Tail

    Side bag

  • impressions

    the harley-davidson

    #1

    四季が一巡した頃、ようやく自動二輪限定解除に合格できたのだが、その時の合格者は自分を含めてたった2人だった。発表後、手続きが終わるまで、もう1人の合格者と少し話をする機会があったが、彼が繰り返し言っていたのは「これでハーレーに乗れる、これでやっとハーレに乗れる」だった。ライダーとしてハーレーを意識したのはその時が最初だったと思う。それまで中型二輪免許しかなかった自分に、ハーレーなど雲の上の存在だった。そうか、ハーレーにも乗れるのか。その時は、しかしハーレーへの興味など微塵もなかった。欲しかったバイクが手に入れられるか、そのバイクのために限定解除したのだから、それだけしか考えていなかった。

     

    その次にハーレーの事を思い出したのは、限定解除後に乗り始めたCBR750が、そろそろ乗り換え時期を迎えつつある事を意識し始めた頃だった。しかし、当時はバイクバブルが終わりを告げ、各メーカーはレーサーレプリカ全盛の次のモデルを見出せず混迷していた。急速に落ち込む2輪販売台数に比例して、ラインナップはジリ貧状態になってきていた。事実、HONDAのナナハンモデルは全てカタログ落ちしており、買うモデルがないのだった。国内モデルがダメなら逆輸入を選択することもできた。ロングセラーの人気モデル、KawasakiのGPZ900Rが候補に上がり、あるいはHONDAのCBR1000Fも候補に上がった。SUZUKIのGSX-R1100さえ候補になった。しかし、決定打に欠けた。CBR750が高速ツアラーモデルであった故に、同じようなモデルを選ぶのに抵抗があった。そんな中、候補に上がってきたのがハーレーダビットソンだった。ちょうど、スポーツスター883がデビューして間もない頃で、為替レートの関係もあり、手が届かない価格でもなかった。国産メーカーに候補がない以上、ハーレーを選択するのは悪くない話だった。実際に販売店に見に行って実物を見て見積もりもしてもらった。しかし、いわゆる80キュービックインチのフルサイズハーレーに比較して883はやはり小さく見栄えがしなかった。かといってフルサイズハーレーはまたがってみれば、手がハンドルに届かない足もステップに届かない巨大さだった。こうして、迷っているうちに、Kawasakiが社会現象となるZephyr旋風を巻き起こし、その人気はZephyr750を登場させ、時代をネイキッドブームへと走らせる。いつの時代にも、エポックメイキングなモデルを出すのはやはりKawasakiだった。そして、HONDAがパクって大儲けする構図は、ここでも繰り返された。登場したHONDA BIG-1 CB1000SFはHONDAファンを熱狂させ、ハーレーなど吹っ飛ばして消えた。1994年のことだ。黒のCB1000SFがやってきた。

    meet the haley-davidson

    #2

    10年乗ったCB1000SFの乗り換え時期には、やはりまたしてもハーレーは候補に上がった。この頃、ハーレーはかなり日本市場を戦略的に見ていたようで、あちこちで大々的に試乗会を開催していた。実際に乗るいい機会だと思って行ってみて、実物に乗ってみたら、とても乗りこなせないことがわかった。まさしく、走らない曲がらない止まらない。まるで獰猛なエンジンの塊にまたがって、暴れまくるエンジンを必死に抑えているだけになっていた。バックミラーは振動で見えない。ハンドルは削岩機を持ってるみたいだ。アクセルはひねらないでも前に進む。曲がろうとしても体重移動では曲がらない。ブレーキを目一杯踏んでも全然止まる気配がない。一体どうやってこんな化け物をコントロールしろというのか。やはりアメリカの乗り物はパワーがありあまり、日本人には無理だと結論を出して、ハーレーは断念した。そして、2004年、フルモデルチェンジをした、最新型のCB1300SFがやってきた。

     

    その後、ハーレーは大ブームを迎えた。街中やツーリング先でもハーレーは本当によく見かけた。しかし、感想としてはよくもまああんな乗りにくいバイクに乗るもんだなあと冷ややかなものだった。HONDA最高万人向け最高優等生最高、そう思いつつも、ハーレーはやっぱり選ばれたライダーのバイクなんだと思っていた。それでも、ハーレーの試乗会がまた近くの自動車学校で開催されると知って時は、ここぞとばかりに参加したのだ。もう乗れるかもしれない、もう乗りこなせるかもしれない、でも、またしても獰猛なエンジンに振り回らせるだけだった。やっぱり乗れないと思い知らされて、もうハーレーは完全に諦めた。10年後、NewCB1300SFがやってきた時も、一応、候補に上がったハーレーだったのだが、やはり問題外だった。

     

    ハーレーは、もはや夢のまた夢のバイクになっていた。

    GET THE HARLEY-DAVIDSON

    #3

    883アイアンの存在をどこで知ったのか、思い出すのは難しいのだが、おそらく、巡回してるハーレー乗りのブログあたりで知ったんだと思う。それくらいしかハーレーのモデル情報に接することはないからだ。ハーレーでこれまでカッコいいと思ったモデルは、ローライダー、スプリンガー、スーパーグライドなどで、スポーツスターがかっこいいとはあまり思わなかった。どうしても、スポーツスターは女性用ハーレーなどという批判的な意見があって、乗るならフルサイズのハーレーだよ、などと実際乗りこなせもしないのに思い込んでいたのだ。しかし、883アイアンは違った。初めから実にカッコいい、コレはいい、そう思ったのだ。しかし、夢の夢のハーレーで、実際に買えるとは思わなかった。こういうバイクがうちにあったらいいな、と夢の中で思っていた。密かに公式サイトを覗いて、自分の乗りこなす姿を想像して悦に入ってた。

     

    なぜ夢の夢かといえば乗る自信がなかったからで、2回の試乗会での無様な乗りこなしを見せつけて以来、ハーレーはかっこいいし乗りたいけど乗りこなせないバイク、と位置付けが決まっていた。だから、何の気もなしにまっちゃんに「このハーレーかっこいい」と言った返事が「そう、じゃ実物を見に行かなきゃね」となるのには驚いた。そして、見に行っていいなら見にいくだけ見に行こうと思って、見に行った。どうせ乗りこなせないと思ったからだ。

     

    久しぶりに訪れたハーレー名古屋は移転して、完全にハーレー専門店になっていた。一説によると、ハーレーは日本市場だけで大儲けしてたらしい。他の国では自国を含めて全然売れてないけど、日本では大変な売れ行きで、ハーレー専門店に特化したものわかる気がする。そんなハーレー専門店で実物を見て、営業の話を聞いて、いろいろ迷った末に、やはり乗りこなせる自信がない話をすると、試乗してくださいとのこと。あれからもう何年も経ってるから、昔のハーレーとは違いますと自信ありげに言うので、それならと乗ってみたのだった。エンジンをかけて、またがって、クラッチを切って1速に入れて、ゆっくりと走り出した。不安な気持ちを抱えつつ、アクセルをひねった。

     

    乗れた。

     

    これが決定的だった。乗れるようになったというべきなのかもしれない。長年のライダー生活を経て、ようやくハーレーを乗りこなせるライダーに進化したようだ。883アイアンは大変にエモーショナルな走りで、これまでと全然違う世界を見せてくれたのだった。この時、決意したのだ。ハーレーに乗るぞ。ハーレー乗りになるぞ。

  • touring reports

    Around the Japan

    2017.7.16

    稲武

    2017.5.28

    洞戸

    2017.5.20

    飛騨金山

    2017.5.14

    岩村城址

  • Operation

    "The Eagle Has Landed"

    #4

    やあどうも、久しぶりだね諸君。長い間のブランクどうしていたかね。いやどうしていたかねってそれはこっちのセリフだ、おめーこそなにしてたんだよ2ヶ月もサイト更新なしでよお、と言いたい気持ちは良くわかるウン良く分かるぞ。そこでだ、今日は、その件について語ろうと思うのだよ。話が長くなるが聞いてくれ。昔々あるところにネクラ少年がいた。その少年の向こう三件両隣には通信簿オール5の秀才少年と学校代表サッカー選手になるほどのスポーツ万能少年がいて、それに比べて頭も悪いわ運動神経まるでなしだわ、マジでどうしようもなくクソミソなゴミみたいな少年で、親兄弟近所のおばさんみんなに何かにつけて比較されてどうしようもないクソミソと言われ続けて、かといって負けないように頑張ろうなんて考えるほどコンジョーないもんで性格が歪みまくって、アイデンティティーを確立するためには、勉強でも運動でもない他のことで目立とうと思って奇行に走った。ヘンタイライダーの起源はここにあるんだよ。その奇行に走って目立つだけで、友達もできないもんで一人遊びが趣味になって、一人で遊べる趣味、ダイヤブロックレゴブロックから始まってプラモデルは今井科学からタミヤ模型、鉄道模型にラジコン、そして読書と至って、大藪春彦と西村寿行で欲求不満を発散し、やがて社会人となり、会社の素行不良な先輩にそそのかされてバイクに乗り始めたのが運の尽きさ。人生が変わっちまったのさ。初めて買ったバイクはHONDA CBR400Fで、車庫がなかったもんで、わかるかなあ、ビニールハウスみたいなテントの車庫を作ってそこに格納してたんだけど、このビニースハウス車庫が台風のたびに吹っ飛んでさ、その度に直すのが大変だったんだ。で、カーチャンがキレて車庫を建てると言い出して、いや、バイクのための車庫ではなくて物置のでかいのを作って家の物をしまおうと思ってたらしいんだけど、実際に完成してバイクを入れたら、それでほぼいっぱいになちゃってさ、こっちにとては好都合だぜ、ここはバイク基地だぜけけけなどと笑っていたのだったが、それから幾年や、時代は移り変わり年号は昭和から平成へ、カメラは銀塩からデジタルへ、携帯は肩から下げる大きな弁当箱から超小型コンピュータ並みのスマホへ、テレビはブラウン管から液晶へ、電球は白熱からLEDへ、パンツはブリーフからデカパンボクサー型へ、何もかも変わっていくのに変わらないのはカップヌードルだけだぜスゲーなカップヌードル。そうなのだ。時代は変わるが車庫は変わらんわけがないわな。車庫を建てた業者さんが、年々か前くらいからちょくちょく来るようになって、言うわけだよ。そろそろヤバイですよ天井抜けますよ腐ってますよ。繰り返し言うわけだよ。そんなもん悪徳飛び込みリフォーム営業の脅かしみたなもんで、信用できるわけないだろと思いつつ、心配になって屋根に登ってみたらゲロゲロであった。見なきゃよかった。しかし見ちまった困った。そうなのである。建て替えるなんて簡単に言っても、近所にお値打ちランチを食いに行くのとはわけが違うので、千円二千円でできることではないので、それから何年も悩み続けて苦悩の人生を送り続けたのだが、あることがキッカケで、どうしても建てなおさねばならなくなっちまったんだよ。そこで一大決意をしてまっちゃんに頼んだのだ。まっちゃんは初めは乗り気ではなかったんだけど、一大決意をして頼んだら「わかった」と快諾してくれた。「いつもごにょごにょ言っとる優柔不断なアンタが、そこまではっきり言うなら、わかった。工事費用はなんとかしよう」男気溢れる言葉だよなあ。さすがまっちゃん、男の中の男だよバキドテグシャ(アタシは女だーッ)しかし、工事をする問題は資金繰りだけではない。車庫が建ってるのは実家の土地だ。ようするに親父様が地主様なのであり、親父様地主様がウンと言わなきゃ工事出来んのだ。この交渉は難航を極めた。「ワシの目の黒いうちはこの土地は誰にも渡さんぞーッ」「土地を売るなんて言っとらんじゃん」「この親不孝者めが、長いこと連絡もせず、突然ふらっと来おってーッ」「毎日来てるじゃん」「このバカ息子が、もうこの家から出て行けーッ」「もう出てるじゃん、向かいに住んでるじゃん」「ああ言えばこう言う、言い訳だけ上手になりおって」「まんま事実じゃん」「そうかわかった」「わかるんかい」「お前がそこまで言うのなら、お前の好きなようにせい」「いいのか」「しかしこれだけは覚えておけーッ」「なにを」「この土地を売ったら、もうウチに土地は無くなるんじゃからなーッ」「当たり前だ‼︎ っていうか、土地を売るとは言っとらんわ。何にもわかっとらんじゃん」このように議論は平行線を繰り返し、月日だけが無駄に流れた。泥沼化する議論は永遠に続き自体は混沌となる一方でだったーなんてことがあったかどうかはさておいて、右往左往擦った揉んだの挙句、なんとか建て替え工事の認可が下りたのだった。認可がようやく下りたが、これからが大変なんだよ。なにをどう建て替えるのか、工事をどこに依頼するのか、費用はいくらかかるのか、日程はどうなるのか、複雑に絡む利権の調整とともに、幾つもの業者と交渉を繰り返し、現場百回見積もりを出してもらい、設計図を何度も書きなおし、気がつけば構想10年制作費10億円のビッグプロジェクトとなっていた。もはやここまで来ては戻り道はないby大藪春彦の気持ちで、最終的に工事図面と業者を決定し費用は軽く予算オーバーだぜ困った困ったしかし動き出したプロジェクトはもはや意志を持つと言われる通り、その計画、イーグル計画は着実に進行し、決行することになった。決行することになってこれからが大変なんだよ。ガレージ内の荷物をどうするのか、ケミカル品などの異動先は裏の物置に入れるとして、問題はバイク本体だよ。これをどうするかいろいろ考えて、近所で見かけるコンテナレンタルを利用することにして調べたら、なんと費用が3万4万かかるんだと。月いくらかかると書いてあるのと他に、契約費用だのなんだの、初回は2ヶ月分位払いが必要だの、工事の間の2、3週間入れとくだけというワケにはいかんみたいで、オイオイそんなにかかるなんて問題外だぜ暗礁に乗り上げた。前途多難に茫然自失し我田引水の因果応報だった。考えても考えても良い考えが出てこないので死にかけとったら、まっちゃんが「CBR600RRは納戸を整理して入れなさい」「なんと」「CB1300はドリームに立ちゴケの修理に出して預かってもらいなさい」「なんと」そうだその手があったよ。いや僕も考えてたんだよ、今言おうと思ったんだよホントだよ。こうして、納戸の片付けを必死こいてやって、CBR600RRをなんとか収納した。そして、CB1300の立ちゴケ傷の修理に、小牧ドリームに持ち込んだ。これでようやく着工のめどがついたのだった。あとは業者次第、座して天命を待つのみになったのだったよ。幸い、工事は順調に進行し、そして、7月吉日、ようやく、工事の大部分が終了し、バイクガレージにバイクを戻す日がやってきた。CBR600RR、CB1300SF、その他を全て復旧して、いよいよ、新ガレージが稼働を開始した。

     

    sunshinebreakthrough.comより

     

    『あることがキッカケで、どうしても建てなおさねばならなくなっちまったんだよ。』と書かれた『あること』

     

    それがHARLEY-DAVIDSON XL883Nの購入である。

    ride THE HARLEY-DAVIDSON

    #5

    しかし、決めたからといってことがすんなり進むわけはない。既婚ライダーなら誰しも最大の難関となるのは奥さんの承諾である。はぁ? ハーレー? ハーレー欲しいだぁ? 寝言は寝て言えオタンコナス、みたいな罵詈雑言が返ってくるのが関の山、との予想が大部分だった。ところが、話してみると意外にすんなりやんわりゆるやかに承諾がされた。まっちゃん曰く「もうおっさんなんだからいつまでもSS(CBR600RRのことだ)に乗ってないで、こういうおっさん向きのバイクにしたら」「ハーレーもずいぶん昔から欲しい欲しいって言ってもんね、SS(CBR600RRのことだ)売っぱらってこれにしたら」「いっそ全部売っぱらって、これ1台にすればいい」多少の見解の相違があるが、大筋でハーレーの購入に理解を示してくれた。しかし、既存の2台を売る気にならなかったので、あくまで、あくまで、頭おかしいと言われようが、増車の線しか考えていなかった。これはハードルが高い。それに加えて大きな問題となったのが、ガレージであった。今のガレージは、すでにCB1300SFで全長ギリギリ目一杯なのだ。ということは、それ以上の全長のバイクは入らない。そして、XL883Nは、ちょこっとだけ、ほんの十数センチ長いのだった。入るかもしれんが入らんかもしれん。ここで問題なのは、入ればめでたしだが、もし入らんかったら、納車されちまってから入らんかったら、もうどうしようもないぞ。納車されてからガレージ建て替えなんて最悪な事態である。よし。もうハラは決まった。こんな機会でもなければ、ズルズルと先送りしてきたガレージ問題は解決しない。ガレージを建て替え、ハーレーを増車する。高らかに宣言したら、まっちゃんが逆上してブチギレて修羅場になるかと思ったら、百戦錬磨の肝っ玉座った我妻は黙って聞いて、それから「わかった。いつもごにょごにょ言ってる優柔不断なアンタがそこまでキッパリ宣言するなら、お金はなんとかする」と答えてくれたのだった。

     

    こうして、公式に認可されたイーグル計画がスタートし、ガレージの工事日程にめどがついた6月吉日、ふたたびハーレーダビットソン名古屋を訪問すると、細かい商談に入った。色は迷ったが、渋いオリーブゴールドを選んだ。当然にょいとらん仕様にするのでタンデムシートも装備してもらい、憧れのシーシーバーもつけてもらった。サイドバッグは後から自分でつけようと思っていたが、オススメされたラフテール製のサイドバッグが実にイカしてたので即決それをつけてもらった。あとは安心のメンテナンスパックもつけた。合計金額はこれまでにない高額なバイクになっちまったが、ハーレーを買う最後のチャンスと思って、ついに契約した。

     

    ハーレー本体の契約を済ませたら、次は用品である。とはいえ、車両だけで予算オーバーなんで、FTR時代のものを使い回しすることにした。革ジャンは我が家のクシタニ製品の最古の革ジャン、コーヒーブレイクミーティングで「ヴィンテージですねー」とクシタニ広報部の方に言われた革ジャンにして、ブーツはゴアテックスショートブーツを使う。グローブも古いのを使う。ウエストバッグがないので、スクーターに乗るとき使ってたコムサのワンショルダーを使うことにした。新車と同時にヘルメットも新調するのが鉄則なんで、これだけは新しいのを買うことにした。そのヘルメット選び、ハーレーといえばジェットヘルだが、やはり大型バイクにジェットヘルは不安なんで、迷ったがフルフェイスにした。カラーはマットカラーにしたかったが、手入れが大変で、劣化が早いというので、諦めて普通のカラーにした。しかし、単色では面白くないのでハデハデなグラフィックを探していたら、SHOEIのクエストで翼をイメージしたグラフィックのがあって、それがカッコイイ一目惚れで決定。ライコに行ったら売ってなかったので、またしてもAmazonで注文した。注文の次の日に届いた。さすがAmazon仕事早いわ。用品の準備も完了し、ガレージ工事も順調に進行し、そして、バイクガレージがほぼ完成、車両の乗り入れが許可された7月吉日、ウルトラハイになりつつ、未だハーレーオーナーになることに半信半疑な気分になりつつ、ハーレーダビットソン名古屋に向かった。

     

    ハーレーがわが家にやってくる日だった。

  •  maintenance

    Love mortorcycle

    1年点検

    1年点検、オイルとフィルター交換、ブレーキの鳴き対策。

    6ヶ月点検

    6ヶ月点検、オイル交換、ブレーキの鳴き対策。

    初回点検

    初回点検、オイルとフィルター交換、ブレーキの鳴きの調整。

  • HARLEY-DAVIDSON MOTORCYCLE Daily

    僕は王に成り鉄の馬に乗って駆けるよ

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